幾嶋 泰郎
医療法人 幾嶋医院
院長
幾嶋 泰郎
Ikushima Yasuro
Doctor's Message

医療はアートである

Career

1955年生まれ、川崎医科大学卒。同校にて研修ののち、福岡大学産婦人科、久留米大学産婦人科に勤務。1999年、父の診療所を継承し、いくしま医院を開業。スタッフに支えられながら、デイサービス、グループホーム、小規模多機能施設、有料老人ホームを運営している。著書に『漢方薬と精神分析』(たにぐち書店 2021)、『手相と漢方』(幻冬舎 2024)、『PMDDのおはなし(絵本)』(三恵社 2026)。

Story

マニュアル通りの医療は、果たして正解なのか

医療というのは、単に病名に対して薬を当てはめる作業ではありません。もちろん西洋医学的なエビデンスや標準治療は大切です。しかし一人ひとり異なるはずの患者さんの状態をていねいに診ることもなく、マニュアル通りに薬を処方することに、私はどうしても違和感を抱いてしまうのです。

例えば痛み止めを出す時に「胃が荒れるから」と、最初から胃薬を一緒に出す先生がいます。でも、それは本当に必要なものなのか。実際に副作用が出てから対応すれば良いケースもたくさんあるわけです。まだ起きてもいない副作用を恐れて、不要な薬まで出してしまう。それは患者さんにとって、本当に良い医療なのでしょうか?

咳が止まらない患者さんに、毎回同じ咳止めだけを出し続けるケースもあります。でも「なぜ咳が止まらないのか」を考えなければ、本質的な治療にはなりません。私は患者さんに寄り添い、身体を観察し、その人の背景や状態を見極めた上で処方を考えることが医療の本質だと思っています。

実際、患者さんの手に触れるだけで分かることもあります。手が冷たい、脈が弱い。そこから「この症状は身体の冷えが原因かもしれない」と分かることがあるんです。不眠や頭痛、胃の痛み……これらの症状の背景に、冷えやストレス、心理状態のアンバランスが関わっていることは非常に多いですね。時には患者さん本人が身体の冷えを自覚していないけれども、身体を温めることによって症状が改善するケースもあります。これを私は「かくれ冷え性」と呼んでいます。この症状に関しては、近く一冊の本にまとめる予定です。

対症療法ではなく、より自然な医療を探る

今でこそ漢方を診療の中心にしていますが、医師になりたての頃の私は、ごくごく一般的な内科医でした。ただ、病気という事象よりも、その病気を生み出す人の体を解きほぐしていく漢方医療には、若い頃から興味を惹かれていたのです。

当時の日本は高度経済成長期で、景気は右肩上がりでした。一方で大気汚染や水質汚染などの環境負荷が多くの公害病を生み、社会問題化していた時期です。「このままではいけない」と警鐘を鳴らす動きが高まり、私自身は医療人として「症状を薬で抑えるだけでなく、もっと自然な医療があるのではないか」という疑問を感じていました。その疑問が、私を漢方に導いていったのだと思います。ですから医師としての知識と一通りの経験を積み、開業してからは、本格的に漢方を学び始めました。

漢方の世界にはさまざまな流派があります。ただ、私はどこか一つの流派に属するのではなく、いろいろな先生から学びました。福岡には特に多様な流派の先生がいて、お互いを否定せず、「この症例にはこういう考え方もある」という議論を非常に活発に行っていたんです。

私は、その姿勢にとても共感しました。患者さんにとって良い方法なら、西洋医学でも東洋医学でも、流派が違っても関係ない。大事なのは「患者さんが良くなること」なんです。

心と身体を同時に診るのが漢方の特徴

私は「心と身体を同時に診ること」こそ、漢方の本質だと思っています。患者さんの言葉や表情、手の状態、身体症状から、その人の心理状態を読み取っていく。私は特に「手」に注目しています。手を見ることで、その人の精神状態や病気の本質が分かることがあるんです。

例えば、毎年秋になるとうつ状態になる患者さんがいました。普通なら抗うつ薬を考えるかもしれません。でも私は、「秋になると寒くなる」「寒くなると冷える」という流れから、「温めればいいのではないか」と考えたんです。

そこで体を温める漢方薬を出したところ、その患者さんは2週間で「うつが治りました」と言って来られました。もちろんすべてがそんな劇的にいくわけではありませんが、漢方では時々、驚くような変化が起こるんです。

これはいろいろなところでいわれることですが、心理状態と身体症状は密接につながっています。特に胃腸は、その人の感情状態を非常によく反映します。例えば怒りっぽい人、不安が強い人は、胃腸の症状を抱えていることが多い。逆に、胃腸を整えることで感情が安定することもあります。

だから私は、不眠だから睡眠薬、胃痛だから胃薬、という単純な考え方はしません。もちろん必要なケースもありますが、その人がなぜ眠れないのか、なぜ胃が痛いのか、その背景を考えることが重要です。実際の診療でも、感情的で不眠がちな患者さんに胃腸を整える漢方薬を出したところ、眠れるようになったというケースもあります。身体と心を別々に扱うのではなく、同時に診る。それが漢方の大きな特徴だと思っています。

怒りを鎮めれば、体も落ち着いていく

近年、通信インフラが整備されるとともに法制度も対応が進み、オンライン診療を手がける医師が増えてきました。これは当院でも力を入れているところで、四国、関西、さらには東京周辺と遠方の患者さんが増加傾向にあり、非常に手応えを感じています。

漢方には、望診、聞診、問診、切診という4つの診察法があるのですが、たとえオンラインであっても、かなり多くの情報を患者さんから得ることができます。そこから患者さんの状態を見極め、適した治療法を決定して薬を処方していきます。特にPMS(月経前症候群)やPMDD(月経前不快気分障害)などは、西洋医学では十分に対応できていないケースも多く、漢方的なアプローチが非常に有効な場合があります。

ただし、オンライン診療にも向き不向きがあります。自分自身と向き合える人は良いのですが、そうでない人には難しい。具体的に言うと、怒りの感覚を自分でコントロールできない人……ということになるでしょうか。

怒りというのは喜怒哀楽のひとつで、人間の自然な感情です。これ自体、良し悪しを論ずるものではないかもしれません。不義や理不尽に怒りを感じるのは、ごく自然なことです。ですが何かに怒っている人に詳しく話を聞いてみると「その程度のことで、そこまで怒ることはないんじゃないですか?」と思われることは、意外と多いのです。それを穏やかに、筋道立ててお話しすると、その人の怒りがスッと抜けていく。「言われてみれば、そうだな」と腑に落ちれば、怒りが消え、ストレスが消え、高かった血圧も下がっていく。薬を使うまでもなく、心が落ち着けば体も落ち着いていく。こうしたことは、実際に多くあります。

医療はクリエイティブな「アート」

私は患者さんに、「自分の思い通りにならないものが二つある」と話します。一つは過去のできごとであり、もう一つは他人、つまり自分以外のすべての人です。

誰にでも、後悔とともに思い出す苦い記憶はあるでしょう。「あの時、もっと頑張っていれば」とか「あの時、違う道を選んでいたら」などと、思い出したらきりがない……という人も少なくないかもしれません。しかしどんなに過去を悔やんでも、過去は変わりません。同じように「あの人がもう少し、こうなってくれたら」と願っても、それは無理というものです。

しかし自分自身は変わることができます。その言動によって、未来を変えていくこともできます。体調管理や病気の治療も同じで、効いているのかどうか分からない薬をただ漫然と飲み続けていても、そこにはさしたる意味は見出せません。それよりも、その症状の原因がどこにあるのかを見極め、症状を抑えるのではなく、その症状を生み出している原因に対処することで、根本的な治療が可能になります。その時に重要になるのが「人を診る」という視点です。単なるデータ分析ではなく、人の体と心、生活背景、生き方まで含めて見ていく姿勢です。

その意味では医療というのは実にクリエイティブな作業であり、アーティスティックなものだと思うのです。

およそ100年前、カナダの医師ウィリアム・オスラーが「医学は科学に基づいたアートである」という言葉を遺しています。科学、つまりエビデンスを土台にしながら、その上で一人の人間を診ること。検査の数値や画像だけを見て、患者さんの身体に触れることも、その背景を考えることもなければ、重大な所見を見逃すことにつながりかねません。問診に時間をかけ、舌を診て、脈を診て、その人の本質を見極める。この一見「面倒くさい」作業こそ、医師にしかできない領域であり、まさにアートだと私は思うのです。

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幾嶋 泰郎(Ikushima Yasuro)
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