Doctor's
久留米大学医学部医学科卒。同大学眼科学講座に入局。2023年にオランダで視覚障害スポーツのクラス分けの研究について研修、イギリスの英国王立盲人協会にてECLO(Eye Care/Clinic Liaison Officer)を日本人で2人目に取得し、帰国後に開業。パラリンピック競技である視覚障害者柔道やゴールボールの国内中央団体の理事も務める。
私は小学校一年生の時に交通事故に遭い、意識不明の重体になりました。顔の左半分を削られ、上唇はすべて縫うほどの大けがでした。保育園の頃の記憶もあまりありません。当時、入院して回復する中で「お医者さんってすごいな」と思った体験が、医師を志すきっかけになったのだと思います。
眼科医になってからは緑内障を中心に手がけていましたが、ここで私はひとつの課題にぶつかることになりました。大学病院には重症化してから紹介されてくる方が多く「もっと早く治療に介入できていれば」と感じることが多々あったのです。
緑内障は、初期には自覚症状がないことがほとんどです。そのため「なんだか視力が落ちてきたな」あるいは「目の見え方がおかしいな」と感じた頃には、すでに症状がかなり進行していることが多いのです。つまり早期の段階で治療を始めていれば、失明という結果を避けることができるはずなのに、それが十分にできていないのが現状です。
他の多くの疾病と同じように、緑内障治療のポイントは、まさに「早期発見・早期治療」にあります。その点に注力しながら、日々の診療にあたっています。
すでに仕組みは存在するのに、十分に利用・活用されていない。そうしたモノは、世の中に数多くあるようです。眼科領域の「病診連携」も、そうしたもののひとつです。
これは医療機関に保管されている視野検査などの過去データを、ネット回線によって双方向で共有するというものです。仕組みそのものは従来もあったのですが、セキュリティ対策や管理責任の所在など、解決すべき問題が多かったことから、なかなか普及しませんでした。私はこの構想に開業前から興味を持っており、各方面との調整を重ねて、ようやく導入に至りました。この仕組みを活用することで、これまではただ眠るに任せていた患者さんの過去のデータを有効活用し、データに基づいた治療を推進できるようになりました。
正確な情報は、医療機関同士が連携する場合にも、とても有効です。たとえば紹介状を書く際も「この方は緑内障の後期です。眼圧は十四以下を目指してください。コントロールできなければ紹介してください」と、明確に伝えることができます。
日進月歩の医療の分野でも、眼科領域は目覚ましいスピードで進化しています。それだけに開業医の先生方は、詳細な資料を読み込む時間をとりにくく、最新情報に触れられないことが多々あります。そうした部分をカバーし、本当に役立つ情報を医療機関同士で端的に共有していくことは、診療の質の向上につながると信じています。
私が力を入れているもうひとつの分野が、ロービジョンケアです。その本質は「生活の再構築」であり、見えない、見えにくい方々が、生活の質を維持しながら豊かに暮らせるよう支援する取り組みです。
たとえば、お茶碗に残ったご飯粒が見えづらいという方には、黒いお茶碗を使えば白いご飯粒が見えやすくなります。こうしたことは、生活のいろいろな場面で適用できることです。視力が衰え、見えにくくなっても、ちょっとした工夫で、日常生活の支障を軽減・解決することは可能です。
行政側にもさまざまな制度が用意されています。人間にとって視力の衰えは、活動範囲を狭めてしまう大きな要因になりますが、それだけに患者さんの生活をケアする福祉サービスはとても充実しています。そうした制度を丁寧に説明し、必要に応じて専門職と連携しながら患者さんの生活を支える体制を確立することも必要でしょう。
これらのサポートがある一方で、問題も山積しています。私はロービジョンケアとパラスポーツのサポートをライフワークに位置づけていますが、活動の多くは、ボランティアに支えられているのが現状です。しかしボランティアに頼るだけでは、継続性に難があります。これらの活動をいかにビジネスベースに乗せるか、また統一されたマニュアルやガイドラインをどう作り上げていくかという課題の解決とともに、講演会などを通じた知識と情報の普及に取り組まねばならないと痛感しています。
医師として、これまでさまざまな活動を行ってきましたが、やりたいことはまだまだあります。そのうちのひとつが、日本版ECLOの普及です。
ECLOは、私が英国王立盲人協会で取得した資格で、日本での取得者は私が二人目でした。眼科医療施設の中で福祉、行政などにつなぐ役割を担う職種です。この仕組みを日本でも導入すれば、視力が落ちた、目が見えなくなったという時に、「誰に相談すれば良いのか分からない」といった状況を解決できます。
もうひとつが「ビジョングラム」というビジュアルフィルターの監修です。これは視力や視野に支障がある方の「見え方」を画像化する仕組みで、周囲の理解や共感、問題改善のための方策作りに役立てることができます。
また私たち医療人の意識変革のひとつとして、「患者さんは一人の生活者なのだ」ということを忘れてはならないと思います。彼らの日々の生活に思いを致し、医療と生活の架け橋を作ることは、私たち医療人の大きな責務だと思います。
こうした取り組みの先に私が見ている目標は、共生社会の実現です。視覚障害があっても、日常生活を当たり前のように送れる社会。誰かに特別視されることなく、自然に受け入れられる社会を、実現する一助になりたいと思っています。
人は生きている以上、楽しいばかりではいられません。ことに仕事の場面では、苦しいことのほうが多いでしょう。ですが困難を乗り越えることで、自分自身に説得力が生まれます。視野というよりも「視座」が一段高くなるのです。これまでよりも高い場所から物事を見れば、まったく違う景色が見えてきますし、気づかずにいたことを知ることもできます。
ですから若い人たちには、つらい時こそ踏ん張ってほしいと伝えたいですね。一人で大泣きしても、愚痴をこぼしてもかまいません。支えてくれる誰かがいるなら、頼ればいい。恥ずかしいことでも、情けないことでもないのです。
こうしたことは、多くの大人たちが若者に言うことかもしれません。ですがそれだけに、その言葉には真実が含まれていると思います。苦しさに負けず、耐えて、立ち向かう勇気を忘れないでください。