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高山医院

​宮内 弘子

Miyauchi Hiroko

医院名 高山医院

電話番号 0422-43-0700

WEB

住所 〒181-0012 東京都三鷹市上連雀4-2-29

帝京大学医学部医学科卒。同大附属市原病院三内科(帝京大学ちば総合医療センター内科)、社会福祉法人慈生会病院(現医療法人財団健貢会総合東京病院)、医療法人京友会介護老人保健施設つくも苑内科、川崎市立多摩病院総合診療科、杏林大学医学部付属病院総合診療内科、稲城わかばクリニック、共済会櫻井病院在宅診療部を経て、2020年、高山病医院院長に就任。日本内科学会認定内科医。

医は仁術。

すなわち、医は算術ではなく、

人命を救う博愛の道である

— Interview —

命の現場で刻まれた、
選 択 の 軌 跡。

 Chapter 01 

総合診療科は地域医療の最初の窓口

が医師として歩んできた道は、共働き家庭でとの医師と主婦との両立を重視しながら、少しずつ積み重ねてきたものです。初期研修を終えて中野の病院で働いた後、育児との両立を考え、老人福祉施設「つくも苑」での勤務を選びました。当時は子供がまだ小さく、フルタイムの勤務が難しかったため、働き方をセーブしながら、家庭と仕事のバランスを模索していた時期です。その後も、子供の幼稚園が近い病院を選ぶなど、ライフスタイルの変化に合わせて勤務先や勤務形態を選んできました。​

 

大学病院での研修医生活、社会福祉法人の病院では幅広く内科疾患を診察してまいりましたが、患者さんから「この症状はどこに相談すればいいの?」という声をいただくことが多かったことから、総合診療科への需要が高まっていると感じました。​

 

総合診療科というのは、分かりやすくいえば「人を診る」診療科です。特定の疾病を専門的に扱うのではなく、患者さんが置かれた環境や生活習慣などの背景も含めて診察します。どのような状態でもまずは患者さんを受け入れ、対処できるものは対処し、より高度な専門的治療が必要であれば、専門医につなげる。つまり地域の皆さんにとっては、医療の最初の窓口となるところです。こうした姿勢はその後の私の軸となり、それは今でも続いています。​

 

その後、縁あって、川崎市立多摩病院に勤務させていただきましたが、ここは聖マリアンナ医大の総合診療科と連携しており、地域医療を非常に大切にしている病院でした。その後大学病院での1・2次救急での勤務や、訪問診療専門クリニックでの勤務など多くの経験を積ませていただきました。当院の外来では一般内科のほか、皮膚科や外科、泌尿器科、肛門外科も扱いますし、専門的な治療が必要であれば、基幹病院におつなぎします。ですから「何かおかしいな」と感じたら、ご遠慮なくご相談に来ていただきたいですね。

 Chapter 02 

医療だけでなく、人の生活全体をサポートできる場所に

問診療に関わるようになってからは、より多くの診療科にまたがる課題に向き合うようになり、専門性を深めるよりも、広く柔軟に対応することが大切だと感じるようになりました。地域の中で、どの科に行けばいいのか、どうすれば安心して生活できるのかといったアドバイスができる存在でありたいと思うようになったのです。​

 

訪問診療の現場では、患者さんの医療以外の側面にも配慮が必要になってきます。それは介護の問題や生活環境の問題、社会的な孤立の問題などにおよび、医師だけで対応できるものではありません。たとえば認知症の方が薬をうまく管理できないケースや、ベッドの裏に薬を落としてしまうといったことは、日常的に起こるものですし、きちんと解決を図らないことには、治療そのものが立ち行かなくなってしまいます。​

 

さらに言うなら、治療を終えて健康を回復したからといって、患者さんが幸せになれるとは限りません。病気を治す以上に医師が考えるべきことは「その人にとって何がいちばん大事か」を見極め、そのためのオーダーメードの医療を提供していくことだ――そういう考え方に、私は自然とシフトしていきました。そうした医療を実現するためには、医師だけでは不十分です。ケアマネージャーや、薬剤師、ヘルパー、訪問看護師等などを交えたチームを作り、介護申請や行政手続きなど、総合的な相談に対応できる体制が必要です。​

 

そのために、私はこの診療所を使いたいのです。これは現在地域包括ケアと呼ばれているシステムそのものの一部であり、その一環として、治療だけでなく、広く患者さんの生活全体をサポートすることができる場所にしていきたいと思っています。

 Chapter 03 

十分な説明と患者さんの理解は、治療には不可欠のもの

れは当然のことではあるのですが、日々の診療にあたっては、患者さんにしっかりと説明し、納得いただいた上で診療を進めることを大切にしています。現代では個人で多くの情報に触れることができますから、中には驚くほど多くの知識をお持ちの患者さんもおられます。ですが、その知識が必ずしも正確なものかどうかは分かりませんし、患者さんご自身に合ったものであるとも限りません。ですから私たち医師が専門家としてしっかりお話しし、信頼関係を築いたうえで治療を進めることが重要だと考えています。

 

出産は「無事に終わって当たり前」と思われているところがありますが、現場に立つ医師としては、常に緊張の連続です。分娩時に赤ちゃんが泣かない、母体の出血が多いなど、予想外の場面に直面することもありますが、何があっても冷静に対応し、安全を最優先することを心がけています。ですから母子ともに健康で、無事に出産を終えた時には、嬉しさよりもまず安堵の気持ちを感じますね。

 Chapter 04 

格差を超えて、正しい情報を広く届けるために

在の日本には、医療サービスを十分に受けられない高齢者が七百万人も存在します。これは個人の経済格差や医療サービスの地域格差なども関係しますが、健康に対する個人の意識差も大きいと感じています。

 

ある程度の年齢になれば、人の心身機能は徐々に衰えていきます。近年の長寿大国として名を連ねているわが国は、自称⁈健康な高齢者が多いとはいえ、高齢者の全員が、全員健康意識が高いかというと、決してそうではありません。ですから健康意識の低い人たちにどう情報を届けるか――これが今の私の大きな課題です。普段から健診に通っている人や医療機関にかかっている人であれば、注意喚起もできますが、そうでない方にはこちらからアプローチしていかなければなりません。さらに地域との関わりが薄い人となると、周囲の目が届きにくくなりますから、なおさらです。​

 

そのためのアウトリーチとして、地域のイベントやケアマネジャーの会合などに出向き、そこで話をさせていただいています。それは防災訓練の場であったり、「地域の保健室」のような場であったりしますが、こうした機会をとらえての啓発活動は、医療が必要になる前段階で関心を高めてもらうためにとても有用ですし、手応えも感じています。

 Chapter 05 

自分と家族の最期を、どのように捉えるべきか

族の看取りについても、意識の大きな変化を感じています。かつては家族が自宅でお年寄りを看取るのが当たり前でしたが、今は病院や施設に頼る傾向が強くなっています。その結果、最期の迎え方が見えづらいものになりつつあるようです。​

 

大切な人の最期を迎えるご家族に、どのような助けができるのか。こうしたことを考える「グリーフケア」の会に私も参加し、終末期や死生観について話し合ったり、経験を踏まえたお話をさせていただいたりしています。​

 

また一般の方々の間には、医療と死にまつわる誤解も多いと感じています。たとえば「人工呼吸器をつけたら人生は終わり」とか「胃瘻をしたらもう長くはない」といったものです。もちろんこれらは極端なイメージで、そのような状態から回復することは、当然のようにあるのです。こうした誤解を払拭し、医療の現実を正しく伝えていくことも、私の役割だと思っています。

 Chapter 06 

失敗をも糧として、仁の心を忘れずに生きてほしい

れから社会に出て行く若い人たちに、私は「何でもやってみなさい。失敗してもそれが糧になる」と伝えたいですね。私自身、ライフステージの変化によって仕事を抑えざるを得ない時期もありました。自分の意志とは違い、思うようにキャリアを積めないこともありました。

それでも、たとえ細々とでも続けていれば、別の道が見えてきます。専門の病院でバリバリ働けなくても、地域医療に関わる中で新たな意義を見出すこともあります。ですから前に進めない時期があっても、悩んだり諦めたりせず、できることを、できる中でやっていくことが必要です。また皆さんが、もしも医療人の道を選ぶのなら「医は仁術」という言葉を忘れないでほしいですね。​

 

どんなに世の中が移り変わっても、人が社会の中で生きている以上、そこには相手を思いやり、人に寄り添う「仁」の精神が欠かせません。私自身もその姿勢を大切にしながら、人に寄り添う医療を続けていきたいと思っています。

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